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和歌山地方裁判所 平成11年(ワ)488号 判決

原告 A野一郎

法定代理人親権者父 A野太郎

法定代理人親権者母 A野花子

原告訴訟代理人弁護士 榎本駿一郎

同右 田中繁夫

被告 B山春夫

法定代理人親権者父 B山松夫

法定代理人親権者母 B山竹子

他5名

被告ら訴訟代理人弁護士 武田隼一

主文

一  被告らは原告に対し連帯して六一九万三五四〇円及び内金五五九万三五四〇円に対する平成一〇年五月二五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は二分してその一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告らは原告に対し、各自一八五五万〇六四四円及び内金一六八六万四六四四円に対する平成一〇年五月二五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告ら

原告の請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

本件は、県立高校二年に在学していた原告が同級生やその知人らに集団暴行されたため、その際受けた傷害の治療や外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という)のため受けた損害の賠償を、右暴行に加わった者に対して請求した事件である。

一  前提事実(特に証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない)

1  原告は平成一〇年当時、和歌山県立海南高等学校下津分校(以下「下津分校」という)の二年在学中であり、被告C川夏夫(以下「被告C川」という)、同D原秋夫(以下「被告D原」という)、同E田冬夫(以下「被告E田」という)はいずれも下津分校における原告の同級生、同B山春夫は和歌山県立御坊商工高等学校一年生、同A田二郎(以下「被告A田」という)は国際開洋第二高等学校一年生、同B野三郎(以下「被告B野」という)は和歌山県立箕島高等学校一年生であった。

2  平成一〇年五月二一日、被告C川、同D原、同E田は同日、被告C川と遊ぶ約束をしていた原告が急に行けないと言い出したことに立腹し、集団で制裁を加えることを計画し、翌二二日授業終了後、被告C川、同D原、同E田の三人は下津駅でたまたま会った被告B山及び同人から誘われた被告A田と共に、原告を下津町所在の「脇の浜ちびっこ広場」に連れて行き、同日午後八時頃から約三〇分間にわたって、被告D原、同C川、同A田、同B山の順に交互に無抵抗の原告に殴る、蹴るの暴行を加えた。なお、被告E田は現場にいたが、暴行には直接加わっていない。

3  同月二五日、午後八時三〇分から約二時間、被告ら六名は原告に対し、殴る、蹴るの暴行を加え、原告は全身打撲、右手拇指基節骨剥離骨折、腹部外傷、腎損傷の傷害を被った。

4  原告は、同月二六日から同年六月一日まで有田市立病院に入院した。

5  原告は、平成一〇年度の残り期間は下津分校を休学し、平成一一年四月から同校に復学した。

二  争点

本件の争点は、原告の受けた損害の額であり、具体的にはPTSDの発症の有無、慰謝料の額などである。

1  原告の症状

(一) 原告の主張

原告は有田市立病院を退院後、右手拇指の骨折の治療のため平成一〇年七月三日まで通院治療を必要としたほか、本件暴行の結果生じたPTSDとして、外傷体験の再演、悪夢、夜間の過覚醒、対人回避等の症状が生じ、下津分校を一年間休学し、平成一〇年一二月九日より済生会有田病院の小児科に通院し治療を受けるほか、平成一一年一月一六日から、湯浅町教育委員会の教育相談員による個人的カウンセリングを毎週一回の割合で受けている。

(二) 被告らの主張

原告が本件による傷害で入院していた病院を退院した後、登校拒否状況になった原因は、いじめられたことの心的後遺症(すなわちPTSD)によるばかりではなく、読み書きの遅れという学習障害的傾向がみられることにも起因しており、平成一一年四月より下津分校二年生として復学して、二年生に復学した被告D原と同級生として、三年生の被告E田とは一年下の学年として学校で顔を合わすことになったが、特に問題なく行動しており、拒絶反応や回避的態度は認められないから、原告の心的後遺症は軽快したというべきである。

2  損害額

(一) 原告の主張

(1) 医療費 四万七〇九〇円

入院中の医療費は被告らが支払った。

① 有田市立病院通院治療費 一万八四九〇円

② 済生会有田病院整形外科 四四二〇円

③ 同小児科 一万六九八〇円

④ 外江眼科クリニック及び福田眼科 七二〇〇円

(2) 文書料 六三〇〇円

(3) 入院雑費 一万〇五〇〇円

(4) 付添費 四万二〇〇〇円

(5) 通院費 三万八二五〇円

(6) 休学のため無駄になった費用

① 平成一〇年度の授業料及びPTA会費 一万七五二〇円

② 平成一〇年四月及び五月分の通学費用 二万七五八〇円

定期代及び駅までの送迎費用(ガソリン代)

(7) 逸失利益

① 一年間就職が遅れたことによる、一年分の逸失利益として、平成一〇年度賃金センサスによる一八歳男子の平均給与の一二か月分 二二六万五六〇〇円

② 一年間就職が遅れたことにより、原告は同年齢の者に比較して、一九歳の平均月額と一八歳の平均月額の差額八六〇〇円ずつ少ない収入しか得られないことになる。この金額を就労可能年数四八年、新ホフマン方式で計算する。 二四八万九八〇四円

(8) 慰謝料 一二〇〇万円

(9) 弁護士費用 一六八万六〇〇〇円

(10) 既払額 八万円

(二) 被告らの主張

(1) 損害のうち、(1)ないし(5)は認め、(6)及び(9)は不知。

(2) 逸失利益のうち②について争う。

下津分校の現状の就職状況及び昨今の雇用制度の変化なかんずく年齢給の廃止等の状況を考慮すれば、定期昇給を前提とした逸失利益の算定は根拠がない。

(3) 慰謝料について

① 本件暴行に至る経過としては、原告が友人間の約束事を安易に破るという、この時期の少年にとって重大な反則行為を繰り返すことに対する制裁としてなされたもので、原告にもある程度の帰責事由がある。

② 本件暴行については、被告らはそれぞれの所属学校から次のような処分を受けた。

被告B山……謹慎一か月、処分期間中に休学届提出

被告C川……長期謹慎処分、その後休学

被告D原……停学三か月

被告E田……平成一〇年八月三一日まで停学

被告A田……停学一か月

被告B野……停学一か月

③ 前記二1(二)記載のように、原告のPTSDは軽快したと認められること、前記①及び②の点を考慮すれば、原告の請求は高きに失する。

第三当裁判所の判断

一  逸失利益について

1  原告が本件暴行により負傷してから平成一一年三月までの間、下津分校を休学したこと自体は当事者間に争いがない。この間、原告がその主張に係るPTSDのため通学できなかったか否かは必ずしも明確ではないが、証人紀平省悟の証言(以下「紀平証言」という)によれば同証言の時点(平成一二年二月二三日)で、本件暴行に起因するPTSDのうち、対人関係を回避する引きこもり症状がまだ認められたということ、被告らも一年間の休学と本件暴行との因果関係を強く争うものではないことを考慮すれば、右休学自体が被告らの暴行に起因するものと認めることができる。

2  そうすると、就職が一年遅れたことによる逸失利益として、平成九年度賃金センサス第一巻第一表高卒一八歳の年間給与額二四八万四三〇〇円を逸失利益として認めることができる。

3  原告は、その後も一年就職が遅れたことによる減収が続く旨主張するが、これは定期昇給などが完全に実施されている職業に従事することが前提となっているところ、昨今の労働賃金の傾向として年功型賃金を採用する企業の割合が急激に減少していること、原告が公務員等の定期昇給を実施している職業に従事する可能性が高いと認めるべき証拠がないことを考慮すると、原告の右主張は採用できない。

二  慰謝料について

1  被告らは本件暴行に至るについて原告にも約束を守らないといった落ち度がある旨主張するが、原告や被告らが男子高校生であって、約束を守ることが仲間内のモラルとして重視されるとしても、そのことから直ちに、それが本件の暴行に基づく慰謝料の減額要因となるとまで解することはできない。

2  他方、被告らも指摘するように、原告は平成一二年四月からは下津分校に復学し、本件暴行の加害者であった被告D原や同E田と顔を合わすことが少なくないが、特に異常は生じていないことを考慮すれば、原告のPTSDの症状は相当程度軽減したと解されること、紀平証言によれば、それ以前においても症状が常に出ているわけではなく、本件暴行と症状との関係も総合判断によるもので一義的に明確なものではないことが認められ、これらの諸事情を考慮すれば、原告の本件暴行についての慰謝料は三〇〇万円をもって相当と認める。

三  その他の損害について

1  損害額に関する原告の主張中争いのない部分(入院期間を除く医療費、文書料、入院雑費、付添費、通院費)の合計は一四万四一四〇円となる。

2  また、《証拠省略》によれば、休学以前の平成一〇年度の通学等に要した費用及び授業料等の合計は四万五一〇〇円と認められる。

3  これらに前記逸失利益、慰謝料を加算して、既払額八万円を差し引くと残額は五五九万三五四〇円となる。

4  弁護士費用は前記認容額、本件の難易度その他を考慮すれば、六〇万円を相当と認める。

四  結論

よって、原告の本件請求は被告らに対して不真正連帯債務として六一九万三五四〇円及びこのうち弁護士費用分を除く五五九万三五四〇円に対する第二回目の暴行の日である平成一〇年五月二五日以降完済まで民法所定の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 富川照雄)

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